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買い物は、どんな未来を選ぶかの「投票」です。

買い物は、どんな未来を選ぶかの「投票」です。

長崎大学経済学部准教授 山口 純哉さん

地産地消、エシカル商品(※環境・社会・人に配慮した商品)の購入。省エネ商品への買い替え。環境に良いことに取り組もうとした時「なんだかお金がかかるなぁ」そんな気持ちになったことはありませんか?環境に良いことと、経済活動は両立できるのか?どのようなマインドセットが必要なのか?自ら環境行動に積極的に取り組む、経済のプロフェッショナルにお話を聞いてきました。

長崎大学経済学部准教授
山口純哉さん

学生時代に阪神淡路大震災に遭遇。神戸市長田区の復旧や復興に関する個人や企業の調査に参加する中でコミュニティビジネスやソーシャルビジネスの重要性を痛感、地域経済学に転向。長崎大学では、まちづくり、ソーシャルビジネスや震災復興という観点からみた地域社会の持続可能性を研究する。

ー先生、ズバリ伺いたいのですが、環境行動と経済活動は両立できるものなのでしょうか?エコなことをしようとして、フェアトレード商品やエシカル商品を購入しようとすると、時々「高いな」と思うことがあります。

山口先生:
今現在は、環境行動と経済活動が両立しないと思っている個人や企業もまだまだ多いのかもしれません。ですがもちろん、両立は可能です。まず、ゼロカーボンそのものが価値を持ちますし、標準となりつつあると思います。ただ、何に価値を感じるか、この転換を進める必要はあります。

ー「安くてお得な買い物」に価値を感じるのか、「社会のグッドアクションを応援する消費」に価値を感じるか。例えばそういうことでしょうか?

山口先生:
そうです。安いものを買ってお得な気持ちはわかるのですが、「安さの背景」を一度考える必要はあります。
例えば、ここに330円のオーガニックフェイスタオルがあるとします。肌に直接触れるものだからオーガニックがいいですよね。さて、このタオルを購入するときに、どう感じますか?

ー330円でオーガニックタオルが買えるのであれば嬉しいです。

山口先生:
はい。安いですよね。嬉しいですよね。さて、タオルの原料は綿ですが、世界中の綿収穫量のなかで、オーガニックは1%強にすぎません。ちなみにタオル1枚あたり20坪くらい(平均的なコンビニエンスストア1軒分の広さ)の面積で栽培される綿を使っています。そのタオルを日本の私たちが330円で買えている。違和感や疑問が生まれませんか?


ー安すぎる気がします。

その違和感が大切です。20坪の綿畑をオーガニック農法で育てている人がいくら手にすることができるのか考えてみてください。日本で安価なオーガニックタオルを使っている私たちは、中国、インドやアフリカの綿畑の人たちに、無理を押し付けています。オーガニックを求める人は環境に関心がある人でしょう。でも、その安価な商品は環境や人に優しくない可能性があります。背景を知ると「オーガニックタオルが安くて嬉しい」というだけの気持ちではいられないでしょう。
ものの背景を知ろうとする大切さを、私たちはラナ・プラザ崩壊事故の時に痛感したはずなのに、こうした商品に違和感や疑問を持てないのは、まだまだ「人ごと」なのだと思います。

ラナ・プラザ崩壊事故とは
2013年、バングラデシュのダッカ近郊で起きたビルの崩落事故。死者1127名、行方不明者500名。犠牲者の多くは、ビルの中に入っていた縫製工場で働いていた若い女性。事故の原因はずさんな安全管理で、耐震性を無視して違法な増築が繰り返され、なおかつ崩壊前にヒビが発見されても翌朝まで帰らせてもらえず、ついに朝のラッシュアワーで建物が崩壊した。崩壊事故により、グローバル展開しているファッションブランドが、劣悪な環境で低賃金で働かせていたことが明らかになった。世界では約7,500万人が服をつくる仕事をしているが、多くの人は低賃金かつ過酷な労働環境で働かされている。

ー想像すること、知ることが大切ですね。

山口先生:
そうです。そうやって想像して気づいて行動できる人が増えると、ゼロカーボンシティ長崎の実現も可能なのではないでしょうか。
モノやコトの背景に想いを馳せ、地球の持続に配慮できる本当の意味での「地球市民」になること。単なる住民や消費者から早く脱し、モノやコトの背景に自分も関わっていることを自覚して、その上で何に価値があるのか見定めて行動しましょう。世界中の経済は繋がっています。長崎市民のアクションは、地球の裏側まで変えますし、企業も変えます。


企業の経済活動とゼロカーボン。

ー経済的に潤うことであれば、企業も環境行動を続けやすいのでは?という考えがありますが、具体的にアイデアが浮かばないという企業さんは多いように思います。CSRの担当者が頭を悩ませるという話題もありますね。

山口先生:
企業の場合、まずは、本業の中で自然や社会に負荷をかけている部分を改善すること、これだけです。「本業における自然や社会への負荷は見直さず、でも自然や社会に配慮した企業になりたい」なんて発想を持った企業はだめでしょうね。
たとえば、連絡調整を原則FAXにしている企業や団体はまだあります。これをやめることに、突飛なアイデアなんて必要ありません。まずは自分のサプライチェーンを徹底的に見直すこと、多くの場合は、これだけで無駄の排除や自然や社会への配慮が達成されます。

ー確かに、なぜかファックスのみで通知されるお知らせ等はまだあります。メール添付に切り替えるオペレーション変更だけですね。新しいことをやるのは手間はかかるかもしれませんが。

山口先生:
「楽して環境にいいことしよう」なんてことは難しいでしょう。でも、やるかやらないか、既に改善点がわかっていることは他にもたくさんあるはずです。それらの改善に、楽しく取り組むことが大事です。

CO2の部門別排出量について説明する山口先生。

ーナイスアクションするだけですね。ちなみに、企業が環境に良い取り組みをして、経営的にも良い結果を出した事例はあるのでしょうか。

山口先生:
パタゴニアの事例は有名です。アウトドア用の衣類やアイテムをつくって売る会社ですが「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」との考えがあるんです。アウトドアの会社ですから、環境の持続可能性が失われていくと自分たちが困るわけです。そこで取り組んでいるのが「古着」なんです。古着の回収とリサイクルだけでなく、古着を販売することまでやりました。二酸化炭素を出さないゼロカーボンから一歩進んだ、出さないだけでなく吸収することを促進するために農業にも取り組んでいます。
自然を愛するファンを獲得して売り上げにはほぼ影響がない。環境行動とビジネスが両立できている例です。

ー長崎にはゼロカーボンに関して良い事例となる企業はありますか?

山口先生:
「ゼロカーボン」というお題については、エネルギー系の企業を除くと長崎市でパッと浮かぶ存在感のある企業さんはまだありません。長崎は海をキーワードに観光を促進したりしていますが、その海を守ることにもつながるゼロカーボンに取り組む企業は少ないのではないでしょうか。だからこそ、動き出した時のインパクトはあるでしょう。
ゼロカーボンではありませんが、社会に良いことをすれば自然とビジネスは広がることを体現している企業としては「子育ての家」(長崎市本店)がまず浮かんできます。自然素材を使った身体に優しい家は当たり前で、子育てのための資金をきちんと確保できる無理のない価格のプランしか勧めない「笑顔で子育てできる家」づくりに取り組んでいます。マイホームは夢が詰まった物なので、あれこれとやりたいことが浮かんでくると思うのですが、家族の将来に影響が出ないような資金計画しかたてない。売り上げよりも「子育て優先」なのです。そのことが評判と信頼を呼び、全国で求められる住宅になりました。日経ビジネスで顧客の人生を助ける「善い会社」にも選ばれています。

海洋ゴミとして廃棄されたプラスチックを材料にプロダクトを開発する「buøy(ブイ)」

価値観という商圏。

山口先生:
長崎で商売するとなると、長崎市がマーケットだと考えてしまいがちです。しかしこのご時世、ネットが発達すると地球の裏側にも売れる。マーケットは県境や国境を超えて「環境配慮をする人」に広がっていく。もっと広い視点でものを売っていく企業、違和感のあることはしない企業が売り上げが上がっていくでしょう。2023年度は長崎大学経済学部公開講座として 『ひと・こと・もの・お金の循環について考える』を全4回で開催しました。そこにゲストで来ていただいた平田はる香さんは、「できること」や「人のために役立つこと」をやろうとマインドセットしてから、共感する仕事仲間やお客様を獲得し、うまくいきはじめたそうです。

平田さんの著作は、余ってゴミになりそうな廃盤の紙に印刷されている。「書籍はきれいで全て同じ仕上がりでないといけない」という考え方そのものを変えているからこそ。

ー距離で測る商圏ではなく、価値観で生まれる商圏があるということですね。

山口先生:
県外ですが「社会的に良いこと」をしている企業を対象にした融資を行う銀行があったり、自治体としてゴミゼロに取り組むところも増えてきました。個人と企業、そして自治体が環境に良いナイスアクションをできるようになるのが理想です。

ー山口先生は、いわゆる価値観に共感するものを購入されるそうですね。

山口先生:
はい。日常の買い物では地産地消を心がけています。あとは、エシカルな商品は積極的に購入しています。

長崎県内の福祉作業所で作られる「=VOTE」の名刺入れ。デザインも気に入っている。

松浦市の工場で作られているスーツ。毎回、松浦まで採寸に行っている。

山口先生:
IKEUCHI ORGANICは「2073年(創業120周年)までに赤ちゃんが食べられるタオルを創る」を掲げて、食品工場と変わらない基準の工場でタオルを作っています。畑の土からオーガニック。地下水を使って染めて、水を元の状態より綺麗にして瀬戸内海に流す浄水機能を持っている。タオルの安全性はスイスの繊維製品の安全証明であるエコテックスの「クラス1」を持っています。しかも全て風力発電で作っているんですよ。個人的にも大ファンで、長年、このタオルを愛用しています。全国に私のような熱心なファンがいて、愛媛県今治市の工場見学には全国からファンを呼ぶ力を持っています。

IKEUCHI ORGANICのオーガニックタオル。長年愛用している。

ーまさに価値観を共有するお客様がついているのですね。

山口先生:
海外では、ダイベストメント(平和を乱す企業にはお金を貸さない動き)も進んできました。日本では遅れていますが、経済は世界と繋がっています。だからこそ早くアクションするべきですし、企業が消費者に忖度することなく、自ら需要を作り出していかなくてはいけません。

ー例えば…長崎のお土産屋さんが配慮できることにどんなことがあるかアドバイスをいただけますか?

山口先生:
取り組みやすいのは、パッケージの見直しです。増刷の機会に、素材を変えてみたり、少し簡略化したり。やりようによってはコスト削減にもつながるかもしれません。
また、お土産ものは、地元で作られずに包装紙だけをその地域ごとに変えていく商品も多いです。新しい商品を企画する際は、地元で原材料を調達し、地元で作るようにしてはどうかと思います。そうすると高いんだ、ということも言われてしまいますが、そこは企業の頑張りどころですし、地域の中でモノやお金を循環して回していく商品を生み出す企業は消費という形で応援されますよ。同じ価値観を持つ方がお客様になってくれます。

ー最後に、ゼロカーボンシティ長崎の実現に向けた「意識の変え方」のアドバイスをお願いします。

買い物は、投票行為です。どんな未来を選ぶか、日々選択をしています。地域のものや、環境や社会、そして人に配慮したエシカルなものを取り入れた方が暮らしはグッと豊かになりますし、未来も豊かになります。百均やドラッグストアだけで成り立つ暮らしが果たして豊かなのか。私はいつもそう思います。
暮らしの品格を保とうとすれば、自ずと環境問題に向き合うことになると思いますし、ナイスアクションに繋がります。豊かな暮らし、豊かな未来を選びましょう。